マヤ遺跡探訪
XCALUMKÍN
カンペチェからメリダへ行く途中、カンキの次に寄ったのがシュカルムキン遺跡でした。
タクシーのドライバー氏は行った事がなかったのですが、場所はわかるというので行って貰いました。 2人で初めての遺跡を探索です。

シュカルムキンはプーク様式の遺跡で、ユカタン州のウシュマルやカバーほどの知名度はありませんが、発見は 19世紀末に遡り、彫刻された 石造物が各地の博物館に展示され、そこそこ名の知れた遺跡です。 出来れば寄ってみたいと思い 念の為  INAH のミニガイド を持参していました。

カンキ遺跡から国道 180号に戻り、17Km 北の エセルチャカンの町へ向かいます。

   (訪問日 2011年11月27日)

2014年 メリダ‐カンペチェ移動途中に再訪しました。 資料の少ない遺跡で一度行っただけでは消化不良であり、土地勘はあるので 今度 は自分の運転で行ってみました。 新しい資料もあり、写真や地図を一部差し替えて補足説明を加えました。

   (訪問日 2014年 1月14日)

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 (Miniguía 2002 y nueva edición 2009)

新しい資料とは新版のミニガイドで、遺跡の入口で入手できました。 2002年の版では写真が修復前のものでしたが、2009年版では 写真と共に解説も 一新されており、シュカルムキンの理解に大いに役立ちました。


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 (De Federal 180 a Xcalumkín)

エセルチャカンまで来ると シュカルムキン 13Km の標識があり、ここを右折して舗装された州道を走り、遺跡 1Km の看板を再度 右折、その先は未舗装のガタガタ道で遺跡到着です。

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 (Ubicación de Xcalumkín)

Google Earth でエセルチャカンを東へ辿ると遺跡が確認できます。

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 (Zona arqueológica de Xcalumkín)

Google Earth も最新のものは 2012年の画像に差し替わり、随分鮮明になりました。 この画像で遺跡の入口から一番南の建造物まで以下の訪問経路を全て カバーしています。


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               (Entrada al sitio)

              シュカルムキン遺跡の入り口。 上の Google の衛星画像で左上の未舗装の道の
              右です。 カンキ同様入場無料です。

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               (Munumentos monolíticos bajo techado)

              衛星画像で入り口から右(東側)に 100m 位行くとこの東屋があり、石造物が保護
              されています。

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               (Mapa de Miniguía)

              ミニガイドにあった地図を借りました。 調査で確認された建物が全て書かれて
              いますが、実際修復されたのは一部に限られます。

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 (Subida al Edificio de la Colina noroeste)

東屋からおよそ東の方向に瓦礫だらけの斜面があり、斜面を登り切ったところに建物が見えてきます。
ここから探索開始です。

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               (Hacia Edificio de la Colina noroeste)

              上の方へ登っていくと瓦礫の山。 これは建造物は残骸でしょう。

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 (Edificio de la Colina noroeste)

丘を登りきると部分的に修復されたプーク様式の建造物があり、これは北西の丘の建物 ( ➊ Edificio de la colina noroeste) と呼ばれ、中央に階段を 持つ宮殿風の建物です。

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 (Escalera volada de Edificio de la Colina noroeste)

居室が東西に3つ並び、中央の居室は正面階段で覆われています。 階段があると言う事は上にも居室が設けられていた筈ですが…。

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               (Entrada al cuarto central)

              階段が被った中央の居室の入り口。 階段の下もマヤアーチです。

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 (Cuarto del lado este)

建物は南向きに建てられ、これは東側の居室。 半分崩れているのでマヤアーチの造りがよくわかります。

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 (Tapa de chultún, detrás del Edificio)

建物の裏側(北方向)にチュルトゥン(水溜め)があり、コンクリートの環が置かれています。 高台ではあまり自然の雨水は溜まらないでしょうし、 下から運んできたのでしょうか。

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 (Resto de otro Edificio al norte)

更に北方向に建物の残骸があります。 未修復なのかそれとも少し修復の手が入っているのか…、いずれにせよなかなか風情があります。

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 (Camino hacia zona central del sitio)

北西の丘の建物を後にして また東屋まで戻りました。 東屋で覆われた石造物は最後に触れることにして、写真左側の道を 進んでいきます。 地図上では南東方向です。

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             (Mapa de Arqueología Especial #25, debidamente corregido )
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この先の中心部は arqueologia 特別号 #25 の 16ページを活用させて貰います。 間違いの多い地図ですが、見取り図は正確そうなので、 建物の名称を正しく書き直しました。


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 (Palacio de los Cilindros)

東屋からの一本道の突き当りがこの広場で、左(北側)に北西の丘の建物に似た建物が見えてきます。

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 (Palacio de los Cilindros)

こちらの建物は外壁上部と基部に円い小柱が配され、円柱の宮殿( ① Palacio de los Cilindros )と呼ばれます。 現在は正面の3部屋以外は崩れていますが、 もともとは正面に5部屋、背中合わせの裏側にもう5部屋の合計10室あり、更に二階部分もあって、シュカルムキンでは一番大きな建造物だったようです。

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 (Ala oeste de Palacio de los Cilindros y detalle de moldura basal)

正面階段左右は小さな家を並べたような装飾で飾られ、基部の丸い小柱の間には雷紋が配されていました。 小柱は典型的なプーク様式を示し、雷紋も プーク様式でよく見られます。

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               (Munumentos monoliticos guardados)

              シュカルムキンで発見された石造物が 階段左の居室に移され安置されています。
              右は文字が刻まれた石板の断片、左はかなり風化した彫刻です。

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 (La Xnuk de Xcalumkín)

彫刻はシュヌーク (マヤ語で老婆の意) の坐像で、膝には貢物が置かれたものだそうで、辛うじて左手が認められます。

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 (Escalera volada de Palacio de los Cilindros)

右横(東側)から見た円柱の宮殿。 正面階段が下の居室を覆っていて既に見た北西の丘の建造物と同じ造りです。 これはプーク様式 共通の特徴で、同様の階段がトーコックやカバーの宮殿に、またエツナやウシュマルの神殿ピラミッドに見られます。

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 (Plaza en frente de Palacio de los Cilindros)

これは円柱の宮殿横(東)から見た宮殿前に広がる広場です。 広場東の建造物は瓦礫の山で未修復、西側は森で地図によると 建造物はありません。 遺跡は正面から左(広場の南東方向)に広がっていきます。

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 (Misma plaza visto desde la cima del Palacio de los Cilindros)

円柱の宮殿の二層目は失われているので残った一層目の上部を石とセメントで補強してあり、その上を歩けます。 上まで登って 同じ広場を見ると少し景色も変わります。

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 (Palacio de los Cilindros)

円柱の宮殿はこの辺にして先へ進みますが、もう1枚正面からの写真を。 現在残るのは1階部分中央の3部屋だけですが、左右にもう1室づつ足して 二階部分を積み増すと なかなか立派な建造物だったでしょう。

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 (Edificio de Noroeste)

円柱の宮殿前の広場の正面奥(南)に北西の建造物 ( ② Edificio del Noroeste ) があります。 居室を8つ持つ建造物だったそう ですが、現在は外壁の一部を残すのみです。

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 (Edificio de Noroeste)

これは同じ北西の建造物を反対側から見たところだったと思います。 これだけ崩れているとどんな建造物だったか想像するのも難しそう、 外壁は二階部分の様に見えますが。

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 (Plaza de los Altares)

北西の建造物から祭壇の広場 ( ③ Plaza de los altares ) へ入りました。  写真は東方向の写真を2枚合成したものです。 広場の中央東寄りに 低層の大きな矩形の基壇がありますが、これが祭壇で広場の名前になっているのでしょうか。

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 (Plaza de los Altares y una Rampa al norte)

広場の北側にスロープがあり(写真中央、地図で ④ Rampa )、石畳の坂道といったところです。 何故 階段ではなくスロープにしたのか、スロープは どういう意味を持っていたのか、気になる所です。

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 (Rampa extraña)

近づいてみるとこれ。 最低地上高の高い四駆の軽なら通り抜け出来そうです。 2006年にラブナ遺跡のアーチの先で行われていた発掘でも 石畳状のスロープが掘り出されてるのを見ましたが、オシュキントックやエク・バラムでは街の入り口にスロープが設けらていました。  ユカタンやカンペチェ以外では全く見たことがありません。 車が使われなかったマヤで何故スロープなんでしょう?

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               (Parte superior de Rampa)

              スロープを登ってみると上部は少し丸みは帯びていますがおよそ平らで、その先
              はまた同じようなスロープで下っていって、隣の広場に入ります。

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 (Plaza de las Columnas)

北隣になる広場は 柱の広場 ( ⑤ Plaza de las Columnas ) で、スロープの上から撮った写真を2枚合成しました。 正面と右手は瓦礫の山です。  スロープは広場と広場を繋ぐ通路だった訳ですが…?

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 (Edificio medio derruido al lado oeste de la Plaza)

柱の広場では西側の建物だけ半ば埋もれた形で残されます。 見たところ北西の丘の建造物や円柱の宮殿と同様 正面に階段を持つ宮殿風 の建物だったようです。

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 (Plaza de los Altares)

祭壇の広場に戻り、西側から低層の矩形の基壇越しに東方向パノラマ画像です。

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 (Estructura D5-9 al lado este de la Plaza)

これは低層の矩形の基壇の東側になる ⑥ D5-9 です。 ミニガイドでここだけ名前が無機質な記号になっていました。 崩れていますがやや大きめの 建物です。

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 (Basamento piramidal coronado con Templo del Alux )

祭壇の広場の南側には階段が修復されています。 この階段は円柱の神殿の上から南東方向に微かに見えていましたが、近づいてみると上部神殿を 伴っています。

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 (Lado oriente de basamento piramidal y un altar en frente)

上部神殿に上がる前に広場に面した階段の左側です。 手前に小さな石碑のようなものが置かれていて、彫刻がありますが風化していて 何が彫られているのかよくわかりません。

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 (Templo del Alux)

正面の階段を登り神殿の前に来ました。 神殿は アルックスの神殿 ( ⑦ Templo del Alux ) と呼ばれ、上半分が失われていますが、太い円柱を 脇柱に持ち 奥にベンチがある部屋が設けられていました。 広場に面した髙い所にあるので、寝所と言うより何か儀礼か業務の執行をした場所でしょうか?
そして裏に回ってみると…。

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 (Lado este de Eificio norte de la Serie Inicial)

別の建物が背中合わせに建てられています。 背中合わせと言うか、表の建造物の1階部分に接続していると言った方が正しいで しょうか。 そして建造物の前に置かれている説明版から ここがイニシャル・シリーズのグループ ( ⑧ Grupo de la Serie Inicial ) だとわかりました。  これは東方向から見た北の建物の側面です。

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 (Lado frontal de Eificio norte de la Serie Inicial)

北の建物は現在は外壁前面が全て失われていますが、ここから文字や人物の彫刻が施された主柱、脇柱、柱頭、鴨居が見つかっており、文字の中には 743年の日付を示すイニシャル・シリーズがあった事から、グループの名前がつけられています。

プーク地域で碑文が刻まれるのはごく短い期間に限られ、シュカルムキン全体でも最も古い日付が 728年、新しいもので 761年と 40年に満たない期間ですが、 それでも 賢人、識者、書記、聖職者など 14名の異なる名前が刻まれているそうです。

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 (Eificio norte de la Serie Inicial)

刻まれた碑文からはハイナの紋章文字も見つかっており、内陸のシュカルムキンとハイナ島との密接な関係が窺われますが、シュカルムキンの王の称号が 碑文では 「アハウ」 ではなく アハウに従う 「サハル」 となっている為、更に大きなセンターに従属していた事が示されるようです。 大きなセンター と言うと距離の順に、ウシュマル、 サンタ・ロサシュタンパック、エツナと言う事になるでしょうか…?

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 (Foto de Teobert Maler en 1887)         (Exhibición en Museo de Arqueologia Maya en San Miguel)

主要センターではない割にシュカルムキンの名が知られる理由はこれら彫刻された石造物のお蔭で、以前メリダの博物館では写真付き(画像左) で文字の刻まれた断片が展示されていました。 州都カンペチェの マヤ考古学博物館の 展示室 3  には写真の建物の入り口が移築されています(写真右)。

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 (Edificio Sur de Grupo de la Serie Inicial)

先へ進みます。 イニシャル・シリーズのグループは上の北の建物を含めて四方を建造物で閉じられ、西の建物は瓦礫の山ですが、 南側には 3本の太い円柱を持つ 南の建物が修復されています。

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 (Resto de Edificio este de Grupo de Serie Inicial y Edificio Sur en frente)

そして東の建物は写真の通り一部外壁を残すのみです。

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 (Edificio Sur de Grupo de la Serie Inicial)

南の建物は太い3本柱で開口部を大きくとってあり、中は大部屋で広い空間が確保されています。 この建物も彫刻で装飾 されていたのでしょうか?

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               (Vista lateral y interior del Edificio Sur)

              横から見た南の建物と、その内部です。

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 (Camino a Cenote Grande)

イニシャル・シリーズのグループからは 道が(サクベ?) が南東に伸びていて ドライバー氏はどんどん先へ。

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 (Cenote Grande)

ミニガイドの地図 ( ❼ Cenote Grande ) の通り、セノーテ・グランデ (大きなセノーテ) がありました。 さほど大きいとは言えませんが、別に更に 小さいセノーテがあるようで、相対的に大きいという事でしょう。 シュカルムキンではチュルトゥン(地下の水溜) も利用されて おり、セノーテは水源と同時に 地下世界と繋がる聖なる場所でもあったようです。

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 (Casa del Gran Dintel)

道は更に南西に伸びていて、大きな鴨居の家 ( ❽ Casa del Gran Dintel ) まで来ました。 これもミニガイドの通りです。

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 (Portada de Casa del Gran Dintel)

その名の通り鴨居の石材は巨大です。 そして外壁に用いられている石材は他のプーク様式遺跡と比べるとかなり大きく、石材と石材の間も インカの遺跡の様にぴっしりと隙間が埋められていて、頑丈で立派な建造物だったようです。

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 (Casa del Gran Dintel)

これは巨石の入口を潜って外壁の内側です。 建物の体をなしているのは外壁一枚で 後は大きな石がごろごろしているだけなので、ここは早々に 切り上げました。 でもこの建造物からも立派な石碑や石板がたくさん回収されているようです。

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               (Camino de regreso)

              ミニガイドでは大きな鴨居の家が遺跡の南端で、道は北西に伸びていき 西廻りで
              柱の宮殿経由、入り口に戻ります。

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               (Una loma a lo largo del camino)

              途中 道の左側に小山が見えてきました。 目を凝らしてみるとここにも石組みが。

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               (Resto de un edificio sobre su pendiente)

              上の写真の中央左、幹が白い木の所を拡大してみました。 明らかに建物の遺構
              です。こんな所まで遺跡が広がっている。 まさか小山全体が建物の遺構ではない
              でしょうが、まだまだシュカルムキン遺跡、調査が必要ですね。


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 (Monumentos monolíticos desde sitio Xcombec)

道はそのまま円柱の宮殿の前を抜けて 東屋の所まで戻ってきました。

東屋で保護されている石造物はシュカルムキンからのものではなく、 南西 5Km ほどの所にあるシュコンベックという遺跡から運ばれてきたものでした。

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 (Monumentos monolíticos desde sitio Xcombec)

シュコンベックでは盗掘がシュカルムキンより酷く、更に大きなマヤセンターだった可能性もあるようですが、あまり評価されていません。  シュコンベックで永年雨ざらしのまま残されていた石造物が、更なる風化や盗難を避ける為に、より安全なシュカルムキンへ移され、この 東屋で保管されている訳です。

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 (Mas monumentos monolíticos reunidos en 2014)

2014年には東屋の下はより沢山の石造物で賑わっていました。 周辺の遺跡から集められたものと思いますが、管理人が常駐しているシュカルムキンは 盗難の恐れが少ないのでしょう。


カンペチェからメリダの移動途中に立ち寄った カンキとシュカルムキンは、初期プーク様式の様相も窺わせて考古学的にも重要な 遺跡だと思いますが、修復が進み観光客も多いプーク街道沿いの遺跡と比べると 来る人も少なく遺跡の整備もまだまだです。  でもその分ウシュマルやカバーと比べて遺跡情緒たっぷりで探検気分も味わえました。
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