マヤ遺跡探訪
LAGARTERO
2012年11月に新たに公開が始まったラガルテロ遺跡です。 首都メキシコシティーの人類学博物館マヤ室には専用の コーナーが設けられ、チアパス州都トゥーストラの地方博物館では展示ケースが5つ並べて用意される等、優れた工芸品を 数多く生み出したラガルテロ、一体どんな所だったでしょう。

ラガルテロはマヤ圏の南西端になりますが、タバスコ州でカリブ海に注ぎ込むグリハルバ川は水源を辿るとラガルテロに 行き着き、古くからマヤの交易路に組み込まれていたようです。

ラガルテロ遺跡へはコミタン市のホテルから 73Km、車で 1時間半でした。 国道190号を 60Km 位南へ行き、コロン湖の 標識を左折です。 海抜 1600m を超える高原のコミタン市から行くと 海抜 600m 位のラガルテロでは蒸し暑さを感じます。

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    (訪問日 2016年2月21日)
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遺跡への道   Camino hacia zona arqueológica
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 (Brazalete para entrar Lagos de Colon y Lagartero)

遺跡はコロン湖沼群の中にあり、近くの村に入る前に 20ペソの入場料を払い写真の腕輪を貰います。

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 (Camino hacia estacionamiento)

左の写真の小川を車で渡り 村を横切って車を停め、ここから徒歩で遺跡探索開始。 入場料は湖沼公園と遺跡に共通です。

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 (Camino hacia la ruina)

この地域はコロン湖を中心にした風光明媚な観光地で、44 の湖沼があるそうで、木橋で繋がれた陸地を遺跡に向けて進みます。  橋の左右 (写真下) には水と緑が創り出す美しい光景が広がりますが、今回の目的は遺跡です。

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 (Camino hacia la ruina)

木橋を幾つも渡り開けた所に出ると Lagartero の看板が出てきますが、遺跡はまだまだ先です。

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 (Camino desde estacionamiento hasta la ruina por Google Earth)

地図で場所を確認してみましょう。 P と印した所に車を停めました。 黄色の点線部分を通り、やっと実線の左端に来ました。  駐車場から遺跡はおよそ 1.5Km あり、まだ 1Km 以上歩かなくてはなりません。 実線部分は遮るものが何もなく、炎天下を 汗だくになりながらテクテクと。 実線部分の道路は整備中だったので、将来は車で行けるようになるかもしれません。

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 (Llegando a la ruina)

実線部分を踏破し 何とか木陰に行き着くと、遺跡まで 560m の標識があり、もうひと頑張りです。 木橋を更に4つ 渡り 林を抜けると遺跡の事務所が見えてきます。

遺跡の管理事務所   Oficina para Lagartero
ラガルテロ遺跡の存在は以前から知られていましたが、INAH が本格的に取り組み始めたのは 1990年からで、1994年に 土地の取得が完了、 20年近くかけて発掘修復が行われて遺跡の正式公開に至っています。 遺跡事務所も公開に併せて 整備されたようです。

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                (Centro de información en la Oficina)

事務所の一角にラガルテロで発掘された土器類をパネル展示した部屋が設けられています。 中央に置かれたパネルには 遺跡が 2012年11月29日にメキシコ大統領とチアパス州知事によりオープンされたと書かれていますが、12月1日には新しい 大統領に交代していますから、任期最後の駆け込みオープンです。

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 (Sección de Lagartero en Museo Nacional de Antolopología)

パネルでは味気ないので、冒頭で説明した博物館の展示、これは国立人類学博物館のラガルテロ・コーナーで、4つの 多彩色コデックス様式容器と 精巧に表面が形作られた人形です。

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 (Sección de Lagartero en Museo Regional de Chiapas)

こちらはチアパス地方博物館で、iPhone のパノラマ写真なので歪んでいますが、5つの展示ケースを1枚の写真に収めました。  手前の独立したケースにもラガルテロからのカカオ飲料入れが展示されていました。

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 (Cajetes y Figurillas de Lagartero en Museo Regional)

折角の質の高い工芸品なので、大き目の写真で確認してみましょう。 多彩色のコデックス土器の他、陰刻や盛り付け、 更に漆喰彩色の技法も取り入れられ、人形は押し型も用いて表面を細かく装飾して仕上げていたようです。 ラガルテロには マヤ地域の中でも特に優れた陶工の集団が存在し、あらゆる種類の土器類を生産し、他のマヤセンターからの注文にも 応じていたと考えられるようです。 展示されている土器類の殆どは 700-900AD 頃の古典期後期のもので、 この頃がラガルテロの最繁栄期になるようです。  

ラガルテロ遺跡   Zona arqueológica de Lagartero

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 (Zona arqueológica de Lagartero en Google Earth)

Google Earth の航空写真で確認してみましょう。 左の赤い屋根が遺跡事務所で、遺跡はその東側になり、4つの ピラミッドと球戯場が確認出来ます。

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 (Zona arqueológica de Lagartero)

遺跡事務所から遺跡に向かって歩き始めると低層の基壇の向こうにピラミッドが見えてきます。 写真を2枚繋いで パノラマ合成しました。

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 (Arriba: Plaza Principal, abajo: Juego de Pelota)

上はパノラマ写真の左側で、中央広場を囲むピラミッド群が見えます。 下の写真がその右側で、低層の基壇の向こうに 球戯場の斜面が確認出来るでしょうか。

この遺跡の中心部は湖沼群の中で最も大きなリモナール島にあり、一般民衆は周囲の島に居住していたと思われますが、 手前の低層の基壇も住居跡になり、中心部に隣接しているので高位の貴族がここで生活していたと考えられます。

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               (Simulación de vivienda en el Panel de Explicación)

住居の想像復元図が添えられていました。 基壇上には植物性の材料で小屋が設えてあり、屋根は シュロなどで葺かれ、壁は植物性の繊維を泥で塗り固めて作られていたようです。


球戯場 Juego de Pelota

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 (Juego de Pelota)

球戯場から見ていきましょう。 遺跡に置かれた説明パネルによると長さ 50m、幅 17m あり、両側が閉じられた I 字型、 若しくは 両側が T字のダブルT字型と呼ばれる形状です。 球戯場の向きは一般的には向かい合った基壇が 日の出と日の入りを示す東西に並びますが、ここではほぼ南北に向き合っています。

放射性炭素年代測定によると球戯場は古典期後期から終末期にあたる 818-987年と後古典期後期の 1396年以降の使用が 確認されると書かれていますが、と言う事は現在復元された形は後古典期後期のものになるのでしょうか。

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 (Juego de Pelota)

これは球戯場に近づいて西側から東方向を見た写真です。 あまり精巧な造りになっていないような印象を受けます。

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 (Juego de Pelota antes de restauración)

東京の Konoe.W. さんから 2010年4月に撮った修復前の球戯場の写真をお借りしました。 1枚上の写真とおよそ同じアングルです。  雑草と土砂を取り除いて補修したと言う感じでしょうか。

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 (Esquina noroeste de Juego de Pelota)

球戯場の北西角の向こうに中央広場のピラミッドが望めます。 球戯場の北側に見えるのはピラミッド 1 で、詳細は下の方で。


中央広場  Plaza Principal

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 (Plaza Principal dibujado en el Panel)

遺跡にあったラガルテロ遺跡の説明パネルから中央広場の写真部分を切り取ってみました。 説明文にはラガルテロが 700-900年に 繁栄期を迎え、この地域の中心センターだった事、ピラミッドは全部で 15 確認されていて、まだまだ発掘作業が続く事 などが書かれています。

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 (Plaza Principal en Google Earth)

Google Earth の画像で確認してみました。 西側にあるのがピラミッド 4 で、反時計回りにピラミッド 3、ピラミッド 2、 ピラミッド 1 になり、順に見て行きます。

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            (Imagen de Plaza Principal por foto 360°)

全天球カメラ Theta S を持っていったので、広場の真ん中で1枚撮ってみました。 画像を埋め込めば画面を動かして 全方位を眺め渡すことが出来るのですが、まだ埋め込み方がわからず、取り敢えず地面をセンターに画像を縮小して 4つのピラミッドを表示してみました。 およそ方角は合わせてあるので、左側が広場西のピラミッド 4、反時計回りに 3、2、1 です。 あまり意味ないですが、チョット面白かったので。


ピラミッド 4  Pirámide No. 4  La Pirámide de las Tumbas

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 (Pirámide 4 : lado sur, oeste y noreste)

ピラミッド 4 からピラミッドをひとつづつ見て行きます。 ピラミッド 4 の写真、上から南側面、東正面、北東面です。  周囲が沈み込んで全体に崩れた感じですが、発見された形のままに保全されているそうです。 湖沼に囲まれた小島と言う 立地ですから、重い石造ピラミッドが変形するのも止むを得ない事だったでしょう。

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 (Panel de explicación de Pirámide 4)

ピラミッド 4 は 11層、高さ 8m ありますが、これは2度の増築が加えられた結果で、ピラミッドの建築と増築の度に 埋葬が行われていて、墓のピラミッドとも呼ばれます。 最上層の 11層目の墓は既に盗掘された後でしたが、 墓室の底板に用いられていた石碑が完全な形で回収されています。

ラガルテロの資料をいろいろ見てみると、古い建造物には石灰岩が用いられ、基壇はタルー・タブレロ様式で正面階段の両脇には 手摺り部分が付けられたのに対し、後期の建造物になると変成岩が使われ、基壇は垂直、階段の手摺りは省かれたようです。

修復後のピラミッドは変形している上にどの時代のものが露出しているかも不明確ですが、ピラミッド 4 は 最上層に古典期 後期以降の墓があるので基壇は後古典期の姿で、階段の手摺り部分は古い時代のものが残されていると言う事になるでしょうか。

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 (Detalle de Estela de Lagartero)

墓室の底板に使われていた石碑ですが、独立した説明パネルが置かれており、図解が判り易いので写真部分を切り取って みました。 骨を組み上げた台の上に立つ貴族は鳥の羽や翡翠で着飾り、足元には胸を切り開かれた生贄と思われる 人物が小さく刻まれます。

石碑は高さ 210cm、幅 55cm、厚さが 10cm と大きなものですが、発見は 2010年1月頃と最近の事で、裏返しになって 墓室の底板として使われていたので発見が遅く、また完全な形で回収されたものと思われます。

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      (Estela original exhibida en Museo Regional)

石碑の実物は 2013年12月から翌4月まで メキシコシティーで開催されたマヤの特別展示会 に出品され、現在はトゥーストラのチアパス地方博物館に展示されています。  (写真は地方博物館の展示から。)

文字は刻まれておらず、石碑の材質も変成岩なので、古典期終末期から後古典期前期の石碑になるようで、ピラミッド 4 の 完成は更にその後と言う事になります。

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 (Vaso para Chocolate con asa de mono araña)

パネルの説明によると当初 7層のピラミッドだったものが、10層、そして最後に 11層まで積み上げられているそうですが、 石碑のあった 11層目の墓の他に 10層目と 7層目でも墓が発見され、土器や翡翠の装飾品等、数多くの副葬品が 回収されているそうです。

7層目で発見された 3号墓は一辺が 1.5m、高さ 1m 程の墓室があり、多くの副葬品の中には カカオの実を持つ猿の取っ手が付いた カカオ飲料入れが3つ発見され、チアパス地方博物館とコミタン考古学博物館にひとつづつ展示されており(写真)、容器の年代は 古典期前期まで遡るようです。


ピラミッド 3  Pirámide No. 3  La Pirámide de las Vasijas

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 (Pirámide 4 : lado suroeste y sur)

次に広場北側に位置するピラミッド 3 です。 上が南西角、下が南を向いた正面で、ピラミッド 4 によく似ていますが、 高さ 6m 強の 7層のピラミッドで、やや小振りです。 完全な多彩色容器を含む多くの土器の副葬品が発見された事から、 容器のピラミッドと呼ばれます。

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 (Panel de explicación de Pirámide 3)

ピラミッドは石灰岩で作られていて、手すりを持つ階段の形状からも古い時代の形を残していると思われます。  ジャガーの横顔と点で 4 が彫られた石片と 円形が重ねて彫られた石片が回収されているとの事ですが、 石碑の断片なのか、建物を飾ったものだったのか?

階段はステップも高さも 20cm と書かれていますが、残念ながら登れません。 ピラミッド 4 も同様ですが、石灰岩製のピラミッドは 崩壊を防ぐ為に階段の下に柵を設けて登頂禁止にしてあり、広場には INAH の係り員が常駐して見張っています。 正式公開前は 自由に登れたようですが。


ピラミッド 2  Pirámide No. 2  La Pirámide de Guajil

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 (Pirámide 2: Lado oeste)

ピラミッド 2 は 6層の基壇を持ち 高さは 11m を超すラガルテロで一番大きなピラミッドです。 西向きのピラミッドは 昼前でやや逆光気味になり、正面北寄りと南寄りの写真は明るさを補正しました。 下から 5層の基壇は古い時代の タルー・タブレロ様式を示し、6層目は垂直な基壇になっており、古いピラミッドに基壇を 1段を追加した上で上部神殿が 築かれたようです。 中央階段は手摺りのない新しい様式で、改築時に作り変えられたようで、石灰岩ではなく変成岩の為、 このピラミッドだけ登る事ができます。

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 (Panel de explicación de Pirámide 2)

説明パネルには想像復元図があり、上部神殿が描かれています。 タルー・タブレロ様式が説明され、1層目の基壇から 発見された埋葬の写真が添えられますが、ここで発見された数十体の埋葬は後古典期の 1300-1500年頃に基壇側面を剥いで 埋葬されたもののようです。

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 (Pirámide 2 en Abril 2010)

Konoe.W. さんから 2010年4月時点のピラミッド 2 の写真もお借りしました。 この写真の後、2012年11月の 遺跡オープンまでの間に 発掘修復が行われた訳ですが、凄い変身ぶりです。 ピラミッド 2 は1本のグアヒルの木が 生えていたので、グアヒルのピラミッドと呼ばれるそうですが、土塁の左上の木がグアヒルになるのでしょうか。

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 (Vestigio de Palacio en el cumbre)

ラガルテロで唯一登れるピラミッド、勇んで登りました。 ピラミッド 3 同様、階段ステップは狭く手摺りもないので、 ゆっくり登りました。 ラガルテロで一番高い所ですから 当然一番良い眺めと言う事になりますが、もっと高い所から 周辺の景色を含めて見下ろしてみたかったと言うのが実感です。

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 (Pirámide 4 vista desde Pirámide 2)

これはピラミッド 4 を見下ろしたところ。 手前はピラミッド 2 の前に置かれた祭壇です。

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 (Foto panoramica que cubre Pirámides 1, 4 y 3)

左右を画像をパノラマ合成するとこんな感じです。 左に見えるのがピラミッド 1、右がピラミッド 3 です。 


ピラミッド 1  Piramide No. 1  La Piramide del Dios de Viento

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 (Pirámide 1 vista desde Pirámide 2)

最後にピラミッド 1、ピラミッド 2 から見下ろすと形がよくわかりました。

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 (Parte frontal de Pirámide 1 vista desde Plaza)

下から見上げると比較的扁平に見えます。 ピラミッドのサイズは書かれていませんでしたが、基部についてはピラミッド 2 に次いで大きそうです。 6層のピラミッドで、下の 3層の基壇と最上層は タルー・タブレロ様式で、他は垂直の基壇に なっていると書かれており、北を向いた正面階段は、下の 3層だけ幅広のせり出し部分が左右に伸びていますが、上まで 伸びた階段は手摺り部分がありません。 古いピラミッドに中央階段が後から追加されて上部に神殿が設けられたのでしょうか。

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 (Panel de explicación de Pirámide 2)

このピラミッド 1 からは 様々な形の多彩色容器が 40 も発見され、精細に作られた人形なども発見されているそうです。  5層目の基壇の裏側 (南面) には T字型の装飾が施され、説明パネルには T字部分を拡大して描いてありましたが 見落としていました。 マヤでは風の神は T字で表される事から、ピラミッド 1 は風の神のピラミッドと呼ばれるそうです。





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 (Foto panoramica, Pirámides 3, 2 y 1)

以上、ラガルテロの主要な建造物を詳細に見てきました。 まだ発掘されていないピラミッドも沢山あり、特に ピラミッド 2 の東側には祭祀センターが更に広がるようで、今後の調査発掘の成果が待たれます。

古典期前期から後古典期後期までの痕跡を残すラガルテロですが、900年頃の古典期マヤの崩壊に際しては王朝が交替していたかも しれません。 古典期後期に繁栄期を迎えた遺跡なので、王名や史実を記した石碑などの文字資料が見つかれば、 もっとラガルテロの実像が浮かび上がってくるものと思いますが。

最後にピラミッド 4 の前から ピラミッド 3、2、1 を俯瞰したパノラマ画像です。



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 (Más vasijas y incensarios de Lagartero, exhibición en Museo Regional)

トゥーストラのチアパス地方博物館には上の方で紹介した土器類の他にもいろいろ興味深いラガルテロからの出土物があり、 写真だけ紹介しておきます。 上からコデックス様式土器、香炉立てと香炉の蓋、フクロウの形をした 香炉蓋と香炉です。


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